さいとー栄『いつか静かな海で』3巻(KADOKAWA、2017年)

艦隊これくしょん -艦これ- いつか静かな海で 3 (MFコミックス アライブシリーズ)

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平和の海はいいなって


アシガラ・ムラサメ・イセ。
ゲーム『艦これ』にインスパイアされた中国人が『アズールレーン』という二番煎じを出した。日本のオタクには無視されるかと思いきや、オタクの節操の無さがあらわれ、こちらもそこそこ人気が出ているよう。
 
現状の『艦これ』を筆頭に『パズドラ』『モンスト』『グラブル』『FGO』、そして上記『アズレン』など、課金によって若者から金を巻き上げるゲームは定期的にヒットを飛ばす。ただ、本当にゲームのコンテンツが受けてヒットしているのか、射幸心を煽られ中毒になった人びとがフィールドを乗り換えているだけなのかは注意がいるけれども、巨額の金が動いている事実に変わりはない。
 
盆暮れに開催されるコミケやそれに連なる同人誌即売会なども、会場でやり取りされる金銭だけでなく、同人誌を作成するための画材やソフト、印刷、広告宣伝などの周辺コストまでを数えあげたら、けっこうどえらい額の金が動いている。

 
これらの例からなにが言いたいかというと、ジジババを排除した若者によるマーケットが社会の潜在領域には間違いなく存在し、そこでは企業活動に較べればスケールははるかに小さいものの確かに創造的な経済が成立しているということだ。
 
若者たちはアイディアを出したいし、それを具体的なかたちにして市場に流通させたい気持ちを持っている。だがこうしたモチベーションが企業という場所にいるとどうも冷や水を浴びせられているように感じる。わたし自身、会社勤めをしていたから実体験として目の当たりにしている。
 
つい最近麻生さんが国会答弁で話していたことの要約。「バブルを経験した今50、60代の擦れた老人は株価38,000円を見ているから、目下の景況についてもダメだと言うに決まっている。でも若者は、7,000円の株価が20,000円を越え、就職も売り手市場への変化を経験している。両者の価値観が相容れないのは当然である」
 
今は、景気が少しばかり上向きになったからといって、かつてのバブルのようにローリスク・ハイリターン、ドーピングのような資本投下で爆発的な収益がもたらされる時代とは産業構造が異なる。そうした(ある意味)ダイナミックな商いができないからといって、それを若者の働きのせいにしては彼らの立つ瀬がない。時代が違うとしか言いようがない。
 
またバブルのことだけではない。次第にプログラマーが幅を利かせるようになった現代社会に年寄りの居場所はかつて以上に存在しない。平均寿命はようやく踊り場に来て伸び悩んでいるそうだが、それにしたって60歳から80歳までの20年は何もしないで過ごすには長い。長いが企業社会からは必要とされていない。
 
こうした景況に対する価値観の相違や企業社会のなかで急速に居場所を失いつつあることなどが、若者の活躍を面白く思わず、重しとして作用しているであろうことは否めないのではないか。
 
若者に創造性を求めるのではなく、今雇用において創造性を必要とされているのは年寄りではないか。とうの昔に柔軟さを失い、かつコンピューターについていけないひとが、それ以外の方法でいかに社会貢献をするのか。ジジババだけでブラウザーゲームのひとつも開発してみたらどうか。そんなことできるわけがないと言うなら、若者にも言われたってできることとできないことがあることを理解する想像力はあってもいい。

 

 

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