米澤穂信『氷菓』(角川文庫、2001年)

氷菓 (角川文庫)

(原文は2015年執筆)
今さらという声の向かい風に抵抗しつつ、今さらながらに『氷菓』を紹介する。前回、米澤作品として『さよなら妖精』を紹介した。『妖精』は書籍以外での露出がなく、ファンを別とした知名度はいまいちだろう。一方、こちらの『氷菓』はアニメにもなり、一定層の人口に膾炙した。京アニのキャラデザが抜群であり、ヒロインの千反田える(ちたんだ・える)などはかなりのインパクトをもって視聴者に受け容れられた。いまだもって、彼女の名ゼリフ「わたし、気になります」が佐藤聡美さんの声で脳内にリフレインする。
 
無駄なことには一切関わろうとしない、省エネ人間・折木奉太郎が神山高校に入学したところから始まる学園ミステリー。怖い姉貴の指示で古典部への入部を決めた奉太郎のまえにひとりの少女があらわれる。少女の名前は千反田える。日常生活に潜むちょっとした謎を解き明かしたことから、奉太郎は彼女の親族にまつわる真相解明を依頼される。しかし、そこには千反田のみならず奉太郎をも苦い気持ちにさせる秘密が封印されていたのだった。

  
ああだこうだと不満を漏らしつつも、最後は千反田のペースにまきこまれる奉太郎。彼の目を通した千反田の描写は「楚々とか清楚」「黒髪が背まで伸びていて」「セーラー服がよく似合っていた」「背は女にしては高い方」「くちびるの薄さ」「頼りない線の細さ」「瞳が大きく」と実に、具体的に、微に入り細をうがっている。見るところは見ている奉太郎。無駄なことはしない省エネ主義者だったはずだが、こんな艶やかな少女のお願いを無下にはできなかろう。
 
奉太郎の友人・福部里志によれば、彼女の苗字である千反田は、神山市・四名家の一角をなすのだそう。ちなみに、四名家とは、

  • 荒楠神社の十文字家
  • 書肆百日紅
  • 豪農千反田家
  • 山持ちの万人橋家

家名の「十・百・千・万」を指して「桁上がりの四名家」。
 
校舎の隅に部室を構えるマイナークラブ、古典部。その古典部に入らなければ出会うことはおろか、知り合うこともなかったであろう異質なふたり奉太郎と千反田。ふたりの出会いがなにげない日常を次々とミステリーに変えていく。
 
千反田が頻繁に口にする「わたし、気になります」からも分かるように、千反田の特徴は無類の好奇心。本シリーズは、彼女の好奇心に省エネ型の奉太郎が振り回されるかたちで物語が展開する。これはずっとあとの話になるが、面倒くさいと愚痴りながらも千反田の好奇心に抗しきれず彼女に協力する奉太郎のことを中学以来の友人である伊原摩耶花が自分の気持ちに鈍感だとあざ笑う。好きなくせにと。
 
米澤穂信センセは前作の『満願』が山本周五郎賞を受賞、ミステリーランキングでも軒並み1位を取った。まもなく最新作『王とサーカス』も発売になる。これからの活躍がまだまだ期待される作家だ。そういえば、文庫版『リカーシブル』も最近発売されていた。
 
ひとが死ぬのが苦手、血が飛び散るのが苦手、とにかくワル全般が苦手。こういうひとに、本作を含めた「古典部」シリーズをオススメする。基本、学校を舞台にした学園生活ミステリーなので、クレーンからひとが吊るされるとか、ばらばらに解体されるとか(by.『カエル男』)は一切なし。その代わりにといってはなんだが、ひとつの物語が終わるときの余韻の〈苦さ〉には格別なものがある。本作が青春ミステリーと称されるゆえんだ。
 
これ以降、シリーズの全作品を紹介していくつもりだが、まずは奉太郎と千反田の馴れ初めである本作は読んでおくといい。なぜ、彼女は古典部を選んだのか、古典部が発行する文集「氷菓」がもつ真の意味とは。そして奉太郎に依頼した親族にまつわる謎とはいかなるものか。今回はあまり紹介しなかった福部里志伊原摩耶花については次巻以降で触れることになるだろう。「古典部」シリーズ開幕。

 

氷菓 (角川文庫)

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リカーシブル (新潮文庫)

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