米澤穂信『遠回りする雛』(角川文庫、2010年)

遠まわりする雛 (角川文庫)

(原文は2015年執筆)
氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』と長編が続いた古典部シリーズは、ひとまず3巻目にしてひと段落。シリーズ第4弾となる本作は初の短篇集だ。主人公・折木奉太郎とヒロイン・千反田えるが出会った4月から翌年の春休みまでの一年間をさまざまなテイストの短編で綴る。一学期、夏休み、二学期、冬休み、三学期、春休みと時間が進むうちに、登場人物たちの心に生じるかすかな揺らぎや変化を楽しめる。
 
省エネをモットーにする奉太郎にとって、何にでも好奇心を抱く千反田は極めて非効率な存在。ときに彼女を疎ましく思い、ときに彼女の気持ちに水をさす。しかしそれは関心の裏返しでもある。相手を意識すれば意識するほどぎこちなくなっていく振る舞い。だれもが「男の子」や「女の子」であった時代に経験したことであろう。相手の素顔を知るうちにかたくなな心にも雪融けが訪れ、春のせせらぎが雪のすきまに顔を覗かせる。目にはさやかに見えねども──着実に。
 
千反田が怒りをあらわにしたり、兄弟姉妹への憧れを明かしたり、あるいは、女性としての恥じらいをかいま見せたり、本作はこれだけでも読んでいて楽しい。だが圧巻は終章「遠まわりする雛」。そこで訥々と語られる、生まれ育った場所への彼女なりの想い。決して良いことずくめではなく、清濁を併せ呑んだ感情が切々と伝わってくる。ヒトでもモノでも良いところだけを見ているうちはまだまだなのだ。本短編の意味するものは深い。
 
これはわたしからの個人的なオススメ。短編のひとつ「正体見たり」を読んだあとは、ぜひアニメ版『氷菓』の第7話を鑑賞してもらえたらと思う。基本は同短編に忠実な仕上がりになっているが、少しだけ、本当にほんの少しだけアニメには手が加えられている。こんな解釈もあり得るのかとファンのあいだでも非常に好評だった改変だ。順番が大事だ。必ず小説→アニメ。逆にすると、効果が半減してしまう。必ず小説→アニメ。
 
解説で作品の元ネタが紹介されている。『手作りチョコレート事件』『九マイルは遠すぎる』『十三号独房の問題』など。どの作品もすでに読んでいて、それが少しだけ嬉しくもある。実は、わたしの母親がミステリー好きなので、その影響をこうむっている。それにしてもプロの作家でもほかの作品からアイディアを借りたり、翻案を行ったりするのだから、われわれも先輩の胸を借りるという姿勢は見習わねばと思う。
 
米澤先生の解説によれば、若い時分には「今日」という日が永遠に続くような錯覚を抱いていて、物語の時間も止めてしまいたかったそうだ。キャラクターたちの良いも悪いもひっくるめた変化を見たくないという気持ちだろう。しかしひとの世は諸行無常。すべては変化する。米沢先生は本作で過ぎゆく時間との和解がようやく果たせたと言っている。前三作ではすっかりミステリーに翻弄された登場人物たちの、時間の流れにうつろい、そして成長する姿が楽しめる『遠まわりする雛』をどうぞ。

 

遠まわりする雛 (角川文庫)

遠まわりする雛 (角川文庫)