齋藤孝『暗記力』(NTT出版、2010年)

暗記力

たとえばゆとり教育全盛のときなどには、暗記は良くないみたいに何回も言われてきました。暗記は些末な知識にすぎないだとかサンザンに言われてきたけれど、社会の中枢を担うかたがたからしてみたら、「暗記しなくて社会に出てきたのを面倒見ているのは俺たちなんだ。面倒を見てみろよ」と言いたくなるのではないか、と、ずっと疑問に思ってきていたのです。暗記力がなければ、そもそも仕事を覚えられないのですから。

(原文は2014年執筆)
オボエル・メイジル・ソランジル。
料理でいえば、知識は材料。それが頭という冷蔵庫に入っていなければ、逆立ちしたってその材料を必要とする料理は作れない。牛肉がない状態でビーフカレーを作ろうとするようなもの。というか、そもそもビーフカレーの存在すら知らないようなもの。
 
大事なのは知識の量ではなく、それを使える応用力であると口にする年輩者がいる。ひとは歳を取ると暗記するちからは減退するが、それと引き換えに既有の知識をつなげる能力が向上することは科学的に証明されている。そのことに無自覚なまま、自身の体感が命ずるまま、若いひとに暗記や知識の不要を説くとしたら無責任の極み。
 
だからといって、何でもかんでも闇雲に暗記すればいいというものでもない。頭のリソースには限度がある。暗記するべき最低限のものを取捨選択しておくのが経験者としての「大人」がすること。それ以上に覚えたいことがあるのなら、それは若いひとの興味・関心がおもむくに任せればいい。

 

暗記力

暗記力