中沢新一『アースダイバー』(講談社、2005年)

アースダイバー

「頭の中に描いた世界を現実化するのが、一神教のスマートなやり方だとすると、からだごと宇宙の底に潜っていき、そこでつかんだなにかとても大切なものを材料にして、粘土をこねるようにしてこの世界をつくるという、かっこうの悪いやり方を選んだのが、私たちの世界だった」

(原文は2014年に執筆)
ツラナル・カサナル・ツナガル。
本書を非科学的なトンデモ本だとバッサリ切り捨てる、それに追随して「いいね!」「参考になりました「はい」」を押す。そのようなひとたちに言いたい。「本書はあくまでも『アースダイバー』であって、たとえば『縄文海進と東京の成り立ちにおける地質学的考察』ではないんだよ」と言いたい。
 
現代人が何世紀にもわたり、縄文時代に形成された地勢とシャーマニズム的世界観に忠実かつ厳密な街づくりをしていたら、それはそれでどえらいことだ。まさに『帝都物語』、加藤保憲、土御門の世界である。
 
そういうことではなくて。
 
著者は、科学的実証としてではなく、もっと漠然としたもの、ゲニウス・ロキ(地霊)のようなものが、わたしたちの深層意識や身体に流れる血に囁きかけてはこないか、そういうことを言っている。彼岸と、神話と、阿頼耶識な話。
 
海面が今よりずっと高かった時代、それでもなお海から顔をのぞかせる陸地の部分を〈洪積層〉という。そこにひとが住み、共同墓地が作られる。時代がくだるにつれ、それら共同墓地が寺社仏閣へと変わっていく。だから寺社仏閣やパワースポットの多くがいまなお東京の台地のうえにあるらしい。
 
高いところと低いところがあったとき、見晴らしのいい場所に住みたいと思うのは人情。だからだれもが、かつての洪積層、つまり台地のうえに位置する土地を買い求める。市場の論理にしたがった結果、そこの土地の価格は高騰する。土地の価格が高騰すれば、集まってくるのはお金を持っている企業や資産家たち。土地は必然的に「高級・財産」のイメージをまとうことになる。
 
寺社仏閣を参拝すると金運が高まるという民間伝承の背後に、かような民俗学的な知見と市場動向がもたらすイメージの接合が、あるいはあったかも知らないと考えてみることは、それほど目くじらを立てるようなことなのだろうか。繰り返すが、本書は学術書ではない。
 
一方で。
 
洪積層よりも長いあいだ水に浸かっていた場所を〈沖積層〉と呼ぶ。23区の東部全域、今の下町と呼ばれている区域が沖積層と考えて差し支えない。かつてそこが低湿地だったからといって、今に至るもジメジメ、暗いままであるわけもない。交通の便が良ければ開発も進むし、フラグシップとなる企業や商業施設があらわれれば、それが求心力になって町は活性化し、様変わりする。
 
そんなことは魚屋や八百屋のお父ちゃん、お母ちゃんだって分かっているし、もちろん中沢氏だって百も承知だ。そのうえで、低湿地のジメジメした空気とひとの隠微で淫靡な情念の類似性に想像力の翼を羽ばたかせているのだ。
 
そうした蓋然性とイマジネーションを「学術」ではない誌面で語っているのに、一部の人びとがいきり立つのはなぜなんだろうか。そういうひとたちにとって、世に出回るすべての本は科学的に裏付けられた事実のみを記したものでなければならないのだろうか。あるいは、著者が学者や知識人を名乗る以上は、ロマン的な心情と袂を分かったうえで、諸事万端を語らねばならないのだろうか。
 
そうした人びとの本書における言い分の一例。
 
「新宿の伊勢丹は高地にあるが、渋谷の西武は低地にある。したがって高級なものが高い場所にあるという著者の主張は妥当性を欠く」などと本書を断ずるのは、あまりに「科学崇拝」の度が過ぎて、かえって貧相さが目に余る。渋谷の高地には東急があるじゃないかと、当方も屁理屈を言ってしまいたくなるほどの貧相さだ。ヒトラーが酒を十把一絡げに「毒水」だと非難したことに通ずる精神的・文化的な貧しさだ。
 
松岡正剛『ルナティクス』、養老孟司バカの壁』、三木武夫『胎児の世界』、藤原正彦国家の品格』なども、とかく非科学的・非論理的だというだけで叩かれている。しかしいずれの著者も潤沢な詩情を持ち合わせているからこそ、そこに論理の飛躍もあろうというもの。目先の辻褄合わせと科学的得心だけにとらわれ、本の趣旨や著者の心情に思いを致さない批判は滑稽の極みであろう。
 
それと最近は批判者がトンデモ本という言葉を安易に使いすぎる。本当のトンデモ本とは、自分が弥勒菩薩の生まれ変わりで前世ではラブファイアー号に乗って悪の魔王と戦ってたとか、パソコンのフロッピードライブに鉢植えのポラロイド写真を挿入したらパソコンが植物の言葉を理解したとか、日経株価平均の下落時間と重力加速度には相関関係があるとか、そういうレベルの本を指す。ちなみに、どれも実在する本である。

 

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