1億人を殺害したといわれる共産主義~ステファヌ・クルトワ『共産主義黒書』

共産主義黒書〈ソ連篇〉 (ちくま学芸文庫)

「不条理なるが故に、われ信ず」

タイホ・ツイホウ・ショケイ。
共産主義ってのは、早い話が科学バカが書いた経済シナリオ、マルクス経済学の用語で言うところの〈下部構造〉なんだな。唯物史観は、ひとの歴史の発展には客観法則があるとする。従って共産主義への到達は偶然ではなく必然。だれがやっても共産主義到達へのプロセスは再現できる。再現性を内在させているがゆえに科学的、とこう来た。
 
同じ条件が揃えば必ず同じ現象が生じるはずの科学にとって、いちばんの不確定要素はなんでしょう。要するに、その要素があるせいで、うまくいくはずの実験が大失敗ってこと。わたしが中学生のとき、5.0グラムの砂糖に火をつける実験で、間違えて50グラムもの砂糖に火をつけて炎上しているグループがいた。どうしてそんな間違いが起こるか。そう、〈ひと〉が実験を行う限り、間違いが起こる。「ひとは失敗する生き物だからね」って『ガルパン』のミカも言ってた。
 
じゃあ、そんな不確定要素である〈ひと〉が間違いを起こさないようにするにはどうすればいいか。徹底的に訓練をほどこして、全員同じに手足を動かせるようにすればいい。だから共産国家はマスゲームが大好き。できないなら強制労働収容所かなんかに放り込み、労働のかたちを枠に嵌めてしまえばいい。
 
ものの考え方もそう。集団と異なった考えを抱くのはご法度。お昼ご飯、みんなが「ニュートーキョー」で一致しているところにひとりだけ「CoCo壱番屋」とか言い出したら、計画がぶち壊しだよね。ぶち壊しでなくとも目的の達成までに時間がかかってしまう。だから、これも教化、洗脳。それでダメなら銃殺刑。このくらい「シンプル・イズ・ベスト」じゃなきゃ、共産主義の名のもとに世界中で一億人以上ものひとを殺すことはできないって。
 
このような共産主義が独裁化に突き進むことこそ科学的必然。だって、最終的にはみなが考えることをやめ、ひとりの人間が考えるところに従えば、いちいち意見のすり合わせを必要としないんだから手っ取り早いじゃん。みなが平等であるはずなのに少数者による独裁のメカニズムを内包している時点で、頭の悪いわたしから言わせれば、共産主義は壮大な矛盾を抱えているように思うのだが、頭のいいひとはこの矛盾を〈アウフヘーベン〉してなんとか合理的に説明しようとする。レヴィ=ストロースは、矛盾を克服するための論理的モデルを「神話」と呼んだが、共産主義国家の独裁者に漏れなく神話がオマケとしてついてきて、おまけに肖像がやたらと美化されるのは、神話のちからで目先の矛盾を誤魔化すためなんだわね。7歳の金正恩が時速200キロのボートで外国人プロ選手に勝ったとか。神さまの言うこと、することに間違いはない。
 
こんなんだから共産主義は理論的失敗を嫌う。学問の理論的潔癖性に取り憑かれた学者や知識人にウケる。そして失敗したときには理論ではなく、そこに含まれる不確定要素に責任を押しつけるから、学者や知識人は自分の理論の邪魔になるヤツは「逝ってよし」と案外大衆の〈死〉に対して「寛容」。そんなんだから左翼的知識人こそが全体主義、すなわち独裁の先鞭をつけると考えたのはフリードリヒ・ハイエク共産主義者は結果の平等を謳うから貧乏人にも人気がある。京都で共産主義が強いのはこれが理由。

 

共産主義黒書〈ソ連篇〉 (ちくま学芸文庫)

共産主義黒書〈ソ連篇〉 (ちくま学芸文庫)