オラガとオカゲ-桐野夏生『東京島』より

すべて、何かを失い、何かを得て、世界は動くのだ。そのための言葉がオカゲだとは。何と世界は豊かなのだろう。何と母親は賢かったのだろう。これからは、オラガの我ではなく、オカゲで生きねばならないのだ。

桐野夏生東京島』(新潮文庫、2010年)

「息子さん、大学に合格なさったそうで。おめでとうございます」
「お陰さまで。ありがとうございます」
 ちょうど今ぐらいの時期に取り交わされることの多い会話であろう。

 会話のなかに見られる「お陰」あるいは「お陰さま」の「陰」とは一体何のことであろうか。答えを言ってしまえば、これは神仏の庇護を意味する。親鳥が雛を翼の「陰」に抱いて守るように、神仏による手厚いサポートを「陰」といい、それを「お陰さま」と呼んだのである。

 山折哲雄は日本の神々の特徴として、「匿名性」「無署名性」「ことさらな言挙げをしない」「自己の個性を主張しない」といった点を挙げる。日本の神々は、ヘブライ人を率いたモーゼ(モーゼ自身は神ではないが)のように集団の先頭に立つことを好まない。エース・ストライカーに球を供給するボランチやウイングが性に合う。いや、事と次第によるとゴールキーパーである可能性もある。みずから積極的に動き道を切り拓く「おらが」ではなく、気づくと背後にいて雨よけの傘をかざしてくれる「おかげ」。

 そんな日本の神々が人びとの要請によって仮の姿をまとい現われることを「影向(ようごう)」とも称する。

 

東京島 (新潮文庫)

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神と仏 (講談社現代新書)

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