死の意味、自分<他人-佐野洋子『役に立たない日々』より

でも思う。私は死ぬのは平気だけど、親しい好きな友達には絶対に死んで欲しくない。死の意味は自分の死ではなく他人の死なのだ。(佐野洋子『役に立たない日々』(朝日文庫、2010年)p.246)

 社会的属性、すなわち肩書が他者によって規定されるものならば、生から死へのステータス変更もまた、死んだ当人よりも他者にとって意味があるのは当然といえよう。

 それはさておき、佐野洋子氏にこう書かれると、なるほどその通りだと、他人の死をことさらに嘆き悲しんでみるひとがいるが、そういうことばかりでもないように思う。「わたし」が友人や知人、身内といった「他人」の死に衝撃を受けるならば、相手もまた「他人」であるところの「わたし」の死に衝撃を受ける。

「親しい好きな友達」の訃報に触れることを厭うならば、わたしもまたほかのひとたちを嘆かせぬように、一日でも長く健やかに生きる義務を負うことになろう。

 死んだひとのことをいつまでも想って泣き暮らしていると、やがて死者がそのひとをあの世へいざなうと、昔のひとは教えた。それでは、悲しみの連鎖は断ち切れまい。ゆえに、ある時期悲しむだけ悲しんだのなら、その先は何事もなかったかのような顔をして生きていくことが生者に課された役目だ。

 大震災による死を忘れないのも、ほどほどにしておく必要がある。

 

役にたたない日々 (朝日文庫)

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術語集―気になることば (岩波新書)

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