述語による同一性-春日武彦『精神医学事典』より

カウンセリングとは、カウンセラー(や精神科医)がクライアントを励ましたり気の利いたアドバイスを与えることではない。重要なのは言語化というプロセスである。(春日武彦『精神医学事典』(河出書房新社、2017年)

 共産党は赤い、共産党スターリン共産党毛沢東……と、主語の同一性によって連想を働かすのが正常なひと。これが統合失調症のケがあるひとだと、「食パンは猫なんですよ」とくる。聞いているほうは面食らう。よくよく問いただすと、食パンには耳がある、猫にも耳がある、だから両者は同じなのだという論理を展開する。要するに、統合失調症の患者は述語の同一性によって連想をつむぐのだ。あくまでも傾向として。

 なぜそうなのかは分からない。ただ、こうした思考パターンは未開部族にも見られることから、歴史的な視点から言えば、主語に着眼する「正常なひと」こそ突然変異と言えそうだ。「食パンは猫なんですよ」ならば、あまりのナンセンスさにこちらも話半分に聞いていられる。しかしこれが、わたしは臭い、犯人のことも臭いという、したがって「わたしは犯人です」となると、出るとこに出たら洒落にならなくなる。

 しかもである。統合失調症を患った作家に顕著なのだが、彼は一度書いた原稿の見直しを拒否する。こころの柔軟性とともに客観性をも喪失するらしいのだ。したがって、上に挙げたような突飛な論理にひとたび取り憑かれると、病が寛解するまではそのままとなり、いよいよ取り扱いが厄介なことになる。だから専門の先生がたがいて、患者が固執するロジックの言語化を試みている。

 ただ、統合失調症患者の症状には創造性についてのヒントもある。赤いはトマト、赤いは太陽では、いかにも凡庸である。これが「天狗の正体は象だったんです(なぜかは各自で考えてほしい)」とくれば、わたしたちが日常見聞きしているロジックとはかなり毛色が異なる。創造の種子はその社会に流通する理性や秩序の域外に眠っている。ゆえに、あらゆるものを理性の管理下に置く社会では、その進歩が阻害されてしまうことは自明である。

 

私家版 精神医学事典

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術語集―気になることば (岩波新書)

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