八九寺真宵の大切なお名前-稲田浩二編『日本の昔話』より

 化物が出るという荒れ寺にひとりの和尚が泊まる。すると夜更け、村人たちから警告されていた通り、もろもろの魑魅魍魎が名乗りをあげ、和尚の前に姿をあらわす。そこで和尚は彼らの正体をひとりひとり暴き出してみせる。

「東林の馬頭とはな、この東にあって、林がある。その林の中に住む馬の頭であるぞ。退けえ」。そうすると光がばたーんと一つ消えた。
「南水の魚とはな、この南に池がある。その池に住む鯉であるぞう。退けえ」。また、光りもんが、一つ消えた。
「西竹林の一眼の鶏とはな、この西に当たって、藪がある。その藪に住む、片目の鶏であるぞ。退けえー」って言ったら、そのまた光りもんがばたーんと一つ消えた。それから、
「てえてえ小星とはな、この天井に住む、椿の槌であるぞ、退けえ」言ったら、それがばたーんと消えてしまった。それでもう、入ってきた光りもんがみんな消えてしまった。(稲田浩二編『日本の昔話』上巻(ちくま学芸文庫、1999年)p.327-328)

 ひとが暮らす世界では、名前がないものは存在しないことと同義だ。存在しなければ、それは対象たり得ないので観測・干渉が不可能になる。ゆえに、名前をもたぬものは怪異とだけみなされる。小説家や評論家、あるいはマスコミなどをなりわいにする人びとにとっては、この名前をもたぬものにいかに名前をつけ、白日のもとに引きずり出すかが大きな仕事となる。分かりきったことばかり書いてみても、それではだれも感心して読んでくれないからだ。

 だから、この世界に居場所をもたぬ『化物語』の八九寺真宵(はちくじ・まよい)にとって、名前は一般人にも増してより一層重要なものとなる。現世での存在をすでに喪っている八九寺がその名前まで剥奪されてしまえば、彼女は世界のなかで他者とのあいだに差異を産出できず、観測・干渉が不可能な存在へと溶解してしまうからだ(妖怪だけに)。安部公房「壁―S・カルマ氏の犯罪」の名前に逃げられた男が世界から忘れ去られたように。だから八九寺は自分の名前を愛おしむ、「お父さんとお母さんがくれた、大切なお名前です」と。

「で、お前はなんて名前なんだ?」
「わたしは、八九寺真宵です。わたしは八九寺真宵といいます。お父さんとお母さんがくれた、大切なお名前です」(西尾維新化物語』上巻(講談社BOX、2006年)p.138) 

 

日本の昔話〈上〉 (ちくま学芸文庫)

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化物語(上) (講談社BOX)

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壁 (新潮文庫)

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