SNSは才能を浪費する-升田幸三『勝負』より

 刹那的な遊びごとの好きな人には、金銭ばかりじゃなしに、才能まで浪費する人が多い。
 その逆が、貯金をする人です。
 なにも銀行屋の宣伝をする気はないが、貯金できる人というのは忍耐力があるし、金銭以外のものも、蓄積する精神があります。(升田幸三『勝負』(中公文庫、2002年)p.158)

 かつて男の悪行を「飲む・打つ・買う」であらわした。語呂良く述語で揃えてあるが、具体的には「酒・賭博・女」を指す。いずれも束の間気晴らしをしたあとには何も残らない点で共通している。それを言うなら、娯楽とは得てしてそうしたものであろう。そんな反論が聞こえてきそうである。ただ、ここに挙がった3つは、脳が痺れるような酩酊感を味わえる点において中毒性が高い。だから、とりわけ「悪行」として雁首を揃えるのだろう。

 最近では、ここにSNSが入ろう。これは性質的に賭博とよく似ている。取っておきのネタを元手として投稿する。その内容いかんで「いいね」の配当が変わる。つまらなければ無配、もしくはちょぼちょぼ。面白ければ高配当、バズればそれは万馬券だ。見知らぬだれかさんの承認が自尊心をくすぐる。その味が忘れられず、ついつい元手=投稿の数が増え、人目を引くために内容も過激になっていく。昨今問題となっている「バイトテロ動画」などはその成れの果てと言えよう。

 SNSのレスポンスは早い。投稿してから快感を得られるまでの時間は瞬間的ですらある。したがって、のめり込むひとは長期的な計画に基づく努力がアホらしくなってくる。長い時間をかけてみんなに認めてもらうよりも、SNSでお手軽に承認欲求が満たされてしまうのだから。

 熊代享は「消費個人主義が徹底された社会では、アイデンティティはモノやコンテンツを消費し続けていればわりと簡単に補えてしまいます」と書く。SNSでは、自分の持ちネタ、すなわちコンテンツを売り、「いいね」を買う。それによって自尊心が着飾り、肥大してしまう。これは中毒になる。

 あるマンガ家が、面白いネタは作品で使えるからSNSになど投稿しないと書いていた。この言葉はよくよく噛みしめる必要があろう。

 

勝負 (中公文庫)

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融解するオタク・サブカル・ヤンキー  ファスト風土適応論

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