甲賀・芋虫・悪女

少年向けバトル・マンガの基本フォーマットともいえるチーム戦方式を創作の世界に採用したことで知られる、山田風太郎甲賀忍法帖』。甲賀・伊賀双方から10人ずつ選ばれた忍者たちが激突し、相手を皆殺しにするまで戦いが止むことはない。全員が人間離れした能力をもち、いずれも見劣りしないなか、甲賀に地虫十兵衛というひときわ異彩な忍者がいる。彼は四肢を欠損しており、移動するときは必然的に乗り物に頼るか、地べたを這う以外にない。ところがそのスピードや、ほかの忍者が走っても追いつけないというのだから、時速40キロ近くは出ている計算になろう。山田風太郎先生がこちらをお書きになったのは1950年代。今では表現的に問題になり、ちょっと発刊が危ぶまれる。
 
四肢欠損作品の先行事例として、江戸川乱歩「芋虫」がある。四肢と聴覚、味覚を喪失し戦争から帰還した夫を妻が性的に虐待する。これを1920年代に書いて検閲による発禁を食らった。もっとも現代の差別表現とは意味合いが異なる。夫が軍人であるという設定と、戦時下という時局を照らし合わせたときに、反戦的かつ軍人を侮辱しているという理由から問題視されたのだった。乱歩も国家権力もどっちもどっちという感じだ。ちなみに乱歩自身は政治思想にまったく無縁だったが、厭戦気分を煽るおそれのある「芋虫」を左翼は大歓迎したらしい。これまたちょっと感覚がズレている。
 
映画『西太后』にライバル妃の手足を切断し、瓶のなかで生かしていたとするシーンがある。これがやたらとテレビCMに流れたせいで、西太后は残虐な女という認知が日本では広まってしまった。しかし研究者たちがきちんと調べた結果、この刑自体は誤解であることが判明している。政敵の暗殺や国家財政の濫費など確かに悪辣な西太后だが、さすがにやってないことまでぬれぎぬを着せられるのは気の毒であろう。ただ、この「だるま刑」が史実上にまったく存在しないわけでもなく、『史記』には漢王朝を興した劉邦の妻・呂后が側室に行ったと記載されている。劉邦がピンとこないひとには『三国志劉備玄徳の御先祖さまといえば通じるだろうか。こうした悪女たちの行跡を岳真也『悪女たちの残酷史』ではあまた紹介している。

 

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

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悪女たちの残酷史 (講談社+α新書)

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