イカ娘・ラヴクラフト・心身問題

タイトルに「侵略」の文字があるように、安部真弘侵略!イカ娘』のそもそもの発端は海を汚す人類に対するイカちゃんによる報復にあったわけである。だがそんな設定はすぐ脇に置かれ、万年常夏のギャグ漫画が繰り広げられる。人気の秘訣には、イカというこれまでにだれもが考えなかった擬人化を主人公の少女でやってしまったという奇抜さもあるだろうが、やはり安部先生の作画に負うところが大きい。イカちゃんがとにかく可愛い。おそらく設定は13~14歳といったところなのだろうが、人間世界の世事に微妙に通じていないあどけなさが読者の〈母性本能〉を刺激する。
 
だがホラー小説に詳しいひとならば、頭に触手を生やし深海からあらわれる侵略者と聞いて、真っ先に思い浮かべるのはラヴクラフトによって創造されたクトゥルフではなかろうか。いや、わたしなどはイカちゃんの実父がクトゥルフだったくらいのほうが面白いし、そうであるならば、体重を自由に変えられる腕輪や汚れずかつ自動修復されるワンピースの魔法じみたカラクリにも得心がいってしまう。クトゥルフ以外にも半魚人ダゴンやイソギンチャクのできそないみたいなガタノトーアなど、ラヴクラフトが創造した神々には海を出自とした感じのものが多い。これは彼が海産物を嫌っていたことに由来するらしい。また、極度のひと嫌いでもあったことがミシェル・ウエルベック『H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って』に書かれている。厭世的な価値観の持ち主であればこそ、世界の実相が混沌の渦としてその目に映ったのであろう。
 
ところでタコというのは非常に高度な知性を有しており、彼らによる世界の見えかたが人間とは異なり、かつ人間にはそのことが決して理解できないだろうと指摘するのは、ピーター・ゴドフリー=スミス『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』である。タコの食道は脳の真ん中を貫通しているそうで、万が一、食べ物の形状によって脳を損傷したらどうするのかと、わたしは気持ち悪くなってしまった。確かに人間の想像が及ばぬ生き物のようである。火星人をタコのような造形として描写したのはH・G・ウェルズだが、その見立ては案外大きく間違っていなかったのかも知れない。

 

侵略!イカ娘 1 (少年チャンピオン・コミックス)

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タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源