朝宮運河編『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』ちくま文庫、2020年【11冊】

未読書への興味を掻き立ててくれる本のことを、わたしは「キーブック」と呼んでいます。未読書は、本文のなかで言及されていることもあれば、注釈に出典として、巻末に参考文献として紹介されていることもあります。或いは、本そのものがとびきりの名著たり得て、読者の好奇心をさまざまな方面へ接続してくれるものもあります(寺田寅彦寺田寅彦随筆集』なんかですね)。多様なジャンルに渡る名著との出会いには、その前段として優れたキーブックとの出会いこそが不可欠であると言っても過言ではないでしょう。折に触れてそんなキーブックをブログで紹介していければと思います。

そんな第1弾がこちら。朝宮運河編『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』、ちくま文庫には東雅夫さんが編纂した怪奇小説幻想小説がずらりと揃っていますが、それにしてもこのレーベルで「ホラー」を明示するのはかなり珍しいのではないでしょうか。そんなことから少なからず話題を呼んだ、家に取り憑く怪異を集めたアンソロジー。2三津田「ルームシェアの怪」、心霊現象をまのあたりにしているかのようで実に薄気味悪い。6小松「くだんのはは」、多くのアンソロジーで常連になっている怪奇譚の名作です。7平山「倅解体」、夫婦のあいだで交わされる話題の物騒さと、合間々々に挟まれる平凡な会話の温度差がちぐはぐでスラップスティックな読み心地。

 

家が呼ぶ --物件ホラー傑作選 (ちくま文庫)

KEYBOOK

朝宮運河編『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選ちくま文庫、2020年

おそろしい家、奇妙な家、住みたくない家、不思議と惹かれてしまう家―「家」にまつわるホラー作品は古今東西人々の心を掴んで離さない。王道の屋敷、マンションにシェアハウス、様々なタイプの「物件」をモチーフ&舞台に据えた“逃亡不可能”な短編を一堂に集結!怪奇好きからビギナーまで病みつき必至の贅沢な特選アンソロジー

 

バベル島 (光文社文庫)

1.若竹七海「影」

底本『バベル島光文社文庫、2008年
イギリス・ウェールズ北西部。彼の地の伯爵は長年「バベルの塔」建設に取り憑かれていた。60年の歳月をかけて完成した日、悪夢の惨劇が――。(表題作) 残業の夜、男は急停止したエレベーターに閉じこめられてしまう。中にはもう一人、髪の長い女が。そのビルには幽霊が出るという噂があって……。(「上下する地獄」)

ついてくるもの (講談社文庫)

2.三津田信三ルームシェアの怪」

底本『ついてくるもの講談社文庫、2015年
実話怪談の姿をした七つの怪異譚が、あなたを戦慄の世界へ連れていく。薄気味の悪い男が語る夜毎の恐怖(「夢の家」)、廃屋から人形を持ち帰ってしまった私の身の上に次々と……(「ついてくるもの」)、同居人の部屋から聞こえる無気味な物音の正体は……(「ルームシェアの怪」)。

幽霊物件案内 (2) (ホラージャパネスク叢書)

3.小池壮彦「住んではいけない!」

底本『幽霊物件案内2』同朋舎、2001年
あなたの周りに恐怖の「幽霊物件」はありませんか? ホテル、旅館、マンション、家、学校、会社、病院、飲み屋、放送局、車などにまつわる怖い話を紹介。

人体模型の夜 (集英社文庫)

4.中島らも「はなびえ」

底本『人体模型の夜集英社文庫、1995年
一人の少年が「首屋敷」と呼ばれる薄気味悪い空屋に忍び込み、地下室で見つけた人体模型。その胸元に耳を押し当てて聞いた、幻妖と畏怖の12の物語。18回も引っ越して、盗聴を続ける男が、壁越しに聞いた優しい女の声の正体は(耳飢え)。人面瘡評論家の私に男が怯えながら見せてくれた肉体の秘密(膝)。眼、鼻、腕、脚、胃、乳房、性器。愛しい身体が恐怖の器官に変わりはじめる、ホラー・オムニバス。

高橋克彦の怪談 (祥伝社文庫)

5.高橋克彦「幽霊屋敷」

底本『高橋克彦の怪談祥伝社文庫、2006年
「麻美…私だ。会いに来たよ」かつて娘が住んでいたその廃屋は今では幽霊屋敷として有名だった。幽霊でもいい、ひと目娘に会いたいと父は…(「幽霊屋敷」より)。「怪談こそ物語の原点」との信念のもと、書い継いできた二百近い短編から、エッセイを含めて二十一編を厳選した決定版アンソロジー

 

日本怪奇小説傑作集 3 (創元推理文庫)

6.小松左京「くだんのはは」

底本「著作権者提供の作品本文を底本とした」

収録『日本怪奇小説傑作集3創元推理文庫、2005年
明治以降、日本の怪奇小説は、怪異を客観化することで大きく革新された。幻想の科学的な解釈。社会の合理主義から逸脱し怪奇を紡ぎ出す、意識の闇への沈潜。あるいは、疑問や躊躇を抱きつつ怪奇幻想を受容し肯定する懐疑精神…。さらに、戦後半世紀の変化が怪奇小説にさらなる変容をもたらす。ミステリ、SF等のジャンルを超えた作家たちによる、多彩な17編を収める最終巻。

他人事 (集英社文庫)

7.平山夢明「倅解体」

底本『他人事集英社文庫、2010年
交通事故に遭った男女を襲う“無関心”という恐怖を描く表題作、引きこもりの果てに家庭内暴力に走った息子の殺害を企てる夫婦の絶望(『倅解体』)。孤独に暮らす女性にふりかかる理不尽な災禍(『仔猫と天然ガス』)。定年を迎えたその日、同僚たちに手のひら返しの仕打ちを受ける男のおののき(『定年忌』)ほか、理解不能な他人たちに囲まれているという日常的不安が生み出す悪夢を描く14編。

結ぶ (創元推理文庫)

8.皆川博子「U Bu Me」

底本『結ぶ創元推理文庫、2013年
彼岸此岸もわからぬ場で「縫う―縫われる」行為を考察する独白が、異様な最後の一行で結ばれる表題作ほか、単行本未収録作4篇を加えた18編の幻想小説

日影丈吉全集〈7〉

9.日影丈吉「ひこばえ」

底本『日影丈吉全集7国書刊行会、2004年
泉鏡花賞受賞の夢幻的な物語『泥汽車』。都心の一角に取り残された洋館の怪異を描く「ひこばえ」、夢見の不可思議をテーマにした「あわしま」等を収める幻想小説集『夢の播種』。他に単行本未収録短篇約30編を集成。

水無月の墓(新潮文庫)

10.小池真理子夜顔

底本『水無月の墓新潮文庫、1999年
死ぬことを予期していたかのように、夫は家を買った。近所にはお寺があり、それは由緒ある佇まいをしていた。結局、共に暮らすことができないまま逝ってしまった彼が、「帰って」くる。私は、「おかえりなさい」といつものように迎えるが、ある日―。(「流山寺」)現世と異界が交錯し、あわいにたゆたう、強烈で甘美な想いが、恐怖の調べとなって紡ぎだされる幻想怪奇小説集、全八編収録。

鬼談 (角川文庫)

11.京極夏彦「鬼棲」

底本『鬼談』角川文庫、2018年
藩の剣術指南役・桐生家に生まれた作之進には、右腕がない。元服の夜、父は厳かに言った。「お前の腕を斬ったのは儂だ」。一方、柔らかで幸福な家庭で暮らす“私”は何故か、弟を見ていると自分の中に真っ黒な何かが涌くのを感じていた。ある日、私は見てしまう。幼い弟の右腕を掴み、表情のない顔で見下ろす父を。過去と現在が奇妙に交錯する「鬼縁」ほか、情欲に囚われ“人と鬼”の狭間を漂う者たちを描いた、京極小説の神髄。